人々について

水をめぐった、
人のおはなし。

「安心して“いってらっしゃい”と言うために、責任を持っておいしい水を守ります」

#01

小田眞一 大井町町長

水をめぐった、人のおはなし。#01 小田眞一 大井町町長

人間のからだの約60%を占める、水──。

どんな人の生活にも欠かせないものであり、水を飲まずして生きられる人はひとりもいません。私たちは、生活の至るところで水と関わり合って生きています。

足柄聖河と同じ水源の地域で暮らす人たちの、「水をめぐる話」を伺うこのインタビュー。水との関わりから、その人の生き方や考え方の片鱗を探ります。

今回お話を伺ったのは、2018年から足柄上郡・大井町の町長を務める小田眞一さん。私たちがあたりまえのようにおいしい水を飲めるのは、見えない場所で仕組みを整えてくれる人々がいるからです。

「ひとづくり・まちづくり・未来づくり」を掲げている大井町。小田さんに、町として守っていきたいものや、
お水についてのお話を伺いました。

町内全体が、公園のような町。

「富士山は、毎日表情が違うんですよ。本当に美しいなと思います」

自分の町を慈しむように、その景観の象徴とも言える富士山を褒め称える小田さん。2018年に大井町町長に就任した小田さんは、隣町の松田町に生まれ育ち、幼い頃から足柄の地域に根ざして暮らしてきました。

東京からは約80km。電車や新幹線、車で都心に通勤できる距離にありながら、海も近く、世界の観光地である箱根も目と鼻の先にある大井町。町内どこからも富士山が望めるこの町の魅力を、小田さんはこう語ります。

「繁華街ではないけれど、かといって田舎すぎでもない。自然があふれていて、まるで町内全体が公園みたいな場所ですね。いま、農業を活かしたまちづくりを進めていて、この豊かな自然とともに、もっと活性化していきたいと思っています」

大井町の約6割は丘陵地で、道を歩いているだけでもたくさんの畑を見かけます。後継者不足の遊休農地を減らすために「夢おおいファーマー制度」を策定し、誰でも気軽に農業を始められるようにしたり、災害に備え補助金制度を導入したり、農産物の直売所を作って販売経路を確保したりと、この町の自然や景観を守るための仕組みを整えているという小田さん。

近年の企業のリモートワークの普及なども影響して、ここ数年の転入者数は右肩あがりなのだとか。都心へのアクセスのよさ、豊かな自然。少し考えただけでも、その理由は十分に理解することができます。

目指すのは「協働のまちづくり」

そんな大井町が目指すのは、「協働のまちづくり」です。

協働のまちづくりとは、住民や事業者、学校、町など、さまざまな立場の人たちが対等に、おたがいに協力しながらまちづくりに取り組むこと。

地域の課題は、行政だけでも、住民だけでも解決できるものではありません。住民一人ひとりが地域の課題を「自分ごと」として考え、町民と町がそれぞれの立場から知恵を出し合い、コミュニケーションを深めながら協働していく──。環境問題に対する取り組みもその中のひとつでなければならない、と小田さんは言います。

「一人ひとりにできることはささやかなことかもしれませんが、ゴミの収集分別なども町民の方々にしっかりとお願いしていますね。町としては、足柄東部清掃組合というものがあり、大井町と中井町と松田町の3つの町で焼却施設を共同で運営し、ごみ処理の効率化を図っています。町が効率的な仕組みを作って、町民一人ひとりがその仕組みを支えていく。今後のためにも、みんなで力を合わせてやっていければと思いますね」

他にも、ゼロカーボンシティに取り組んだり、再生可能エネルギーの活用を検討したりと、環境に対する取り組みは積極的に行っているという大井町。

「私も毎朝、家庭のゴミ出しをしているんですよ。他にも、自動販売機のゴミ箱なども、分別されていないものを見つけたらそっと分別し直したり。できることをひとつずつ、です」

この町に住むひとりの生活者としても、あたりまえのことを大事にしたいと言う小田さん。

美しい町は、誰ひとり欠けても守り抜くことができません。

「いってらっしゃい」と、安心して水を送り出すために。

大井町と聞いて思い浮かぶのが、やっぱりおいしいお水です。おいしくきれいな水を守るために、町としてはどんなことに取り組まれているのでしょうか。

「大井町の水道から出る水は、足柄平野の地下100mから汲み上げた水を浄水したもの。年に2回、水源から蛇口に至るまで、50項目以上に及ぶ水質検査をし、日々の水質管理も徹底しています」

厚生労働省の組織した「おいしい水研究会」は、「おいしい水」の条件とする、蒸発残留物・硬度・残留塩素などの数値基準を設けています。大井町の水質検査の結果は、その数値基準と比較しても素晴らしく、「おいしい水」であることをデータでも証明しているのだそう。

そんな徹底して管理されている足柄の水。今回、「足柄聖河」を東京都内の方々に飲んでもらえる機会ができたことがうれしくてたまらない、と小田さんは言います。

「これまで以上に責任を持って、足柄の水が安全安心であることを、町でしっかり見ていかなきゃいけないと思っています。できることがあれば、何でも協力したいですね」

大井町の水が、ガラスびんに詰められて東京の皆さんに届き、飲まれ、またガラスびんが戻ってきて、ふたたび巡っていく──。

「ちゃんと自信をもって、“いってらっしゃい”と言いたいですから」。

そう言う小田さんの言葉が、心に響きました。

境界線を溶かして、ともに。

現在町長を務める大井町ではなく、隣町の「松田町」で生まれ育ったという小田さん。生まれた町こそ違えど、このあたりの地域には一体感があるため、あまりその境界については意識したことがないのだとか。

「私の実家はアイスクリームの卸商売をやっているんですが、それはもう、足柄平野全体が対象なんです。南足柄市、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町。一市五町のみならず、昔は自分で厚木くらいまで配達していたので、私にとってはどこも“よその町”という感覚がなく、全部一体なんですよね。実際に町同士はすごく仲が良いし、友達も多いです」

取材中、何度も「隣町も一緒に」「町民とともに」といった言葉を度重ねて使う小田さんからは、境界線がなく分断を生まない、柔らかな姿勢が感じられました。

「大井町」や「町長」という、地名や肩書きにこだわるのではなく、この地域一体を愛する者として。

「協働のまちづくり」の考えが今日も、この美しい町と水を守っています。

文・あかしゆか 写真・藤原慶

水をめぐった、他のおはなし

  • 井上寛 「井上酒造」代表取締役

    「水がないと日本酒は作れない。豊かな自然を守りたいと本気で思います」

  • 山本祥二 田んぼの中の食事処「山本屋」店主

    「おいしい水と料理とともに、人生を歩んできました」

  • 中村美紀 笑顔コーディネーター

    「大事にすれば、大事にされる。お水も人も、同じです」

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