人々について

水をめぐった、
人のおはなし。

「水がないと日本酒は作れない。豊かな自然を守りたいと本気で思います」

#02

井上寛 「井上酒造」代表取締役

水をめぐった、人のおはなし。#02 井上寛「井上酒造」代表取締役

人間のからだの約60%を占める、水──。

どんな人の生活にも欠かせないものであり、水を飲まずして生きられる人はひとりもいません。私たちは、生活の至るところで水と関わり合って生きています。

足柄聖河と同じ水源の地域で暮らす人たちの、「水をめぐる話」を伺うこのインタビュー。水との関わりから、その人の生き方や考え方の片鱗を探ります。

今回お話を伺ったのは、創業230年余りの歴史を誇る、大井町にある日本酒の酒蔵「井上酒造」の代表、井上寛さん。生まれた時から敷地内にある井戸の水を飲んで育ち、現在はその水を使いながら日本酒づくりをされている井上さんは、「足柄の水とともに生きている」と言っても過言ではありません。

井上さんのお話には、日本酒や自然に対する愛情や畏敬の念、そして、職人としての覚悟と信念が詰まっていました。

創業230年。時代とともに、変化を重ねてきた

約230年前、1789年──天明の大飢饉が起き、日本中が食べ物や仕事に困っていた時代のこと。当時農業を営んでいた井上家の先代・要七さんが、何か新しい仕事を探そうと、城下町だった小田原に出向いたことがきっかけで井上酒造は誕生しました。

道すがらで石につまづき、その石の形をふと見てみると、徳利の形にそっくり。その出来事が「日本酒を作りなさい」という神の啓示なのではないかと思い酒造業をはじめた、という逸話が残っています。徳利の形をした石は、今でも家宝として大切に受け継がれているのだそう。

「230年という歴史の中では、絶対に紆余曲折があったはず。なのにこれだけ長く続いてきたということは、時代の変化を察知して、ちゃんと変わり続けてきたからじゃないかなと思います」

そう言うのは、現在7代目として井上酒造を率いている井上寛さん。井上さんは、先代たちの「変化に対する柔軟さ」は、お酒の銘柄にもよく表れていると言います。

太平洋戦争の頃、日本という国を意識して名付けられたであろう「国基」、ヨーロッパ諸国に輸出を始める際に、海外にも通用する銘柄として、日本の代表的な観光地で世界的にも名が知られていた箱根にちなんで命名された「箱根山」……。

時代に対する感度の高さや柔軟さが、井上酒造の歴史を紡ぎ続けているのです。

自然の変化は、他人事ではない

7代目として、井上さんご自身も、時代や周囲の環境の変化にとても敏感です。そういった変化を鑑みて、現在もっとも力を入れて取り組んでいるのが「自然環境や土地を守る」こと。

長年日本酒づくりに携わっていると、自然の力をひしひしと感じるのだと井上さんは言います。

井上酒造では、毎年同じ生産者から同じ銘柄のお米を買ってお酒を仕込んでいますが、その年の気候によって、お米の質がまったく異なるのだそう。井戸の水位も、僅かではありますが、減少傾向にあるそうです。

「近年、気候変動が叫ばれていますが、私たちにとっては全然他人事ではありません。これから我々一人ひとりが畏敬の念を持って自然を大事にしていかないと、今まで当たり前のように手に入っていたお米や水も手に入らなくなってしまうんじゃないかなと思います。そうしたら日本酒が作れなくなってしまう。自然を守るための活動に、本気で取り組まなくてはいけないと感じますね」

その言葉には、自然の力なくしては成り立たない仕事に関わっている井上さんだからこその重みを感じました。

土地、農家、酒蔵。酒づくりの一貫した取り組み

「足柄聖河さんとも、目指すところは同じですよね」と井上さんは続けます。

日本酒づくりにはおいしい水が必要で、それを守るために環境について真摯に向き合わなければならないように、足柄聖河も、おいしい水を守り続けないと、人々に安全安心なミネラルウォーターを届けることができません。

だからこそ、リターナブルびんを導入して、環境にやさしい「水のめぐらせ方」を考えている。そしてその仕組みを、東京の多くの方にまで届けようとしている──。方法は違えど、「自然に対する思い」はたしかに同じです。

井上酒造では、2020年の9月に、酒づくりで使用する電力をすべて再生可能エネルギーに切り替えています。

それも、ただ変えただけではありません。その電力は、耕作放棄地だった大井町の田んぼで新たに稲作をはじめ、その上でソーラー発電をしている知人の方のものを使用していると言います。さらには、その田んぼでできたお米を使った銘柄の日本酒も作っているとのこと。

お米も水も電力も、すべて地元のものを使う。それが、今自分たちにできることだから、と井上さんは言います。

「日本の農業人口はかなり減っていて、30年前に比べると4分の1ほどです。お米を作る人が少なくなると、それだけ耕作放棄地も増えて、自然環境の破壊にもつながってしまう。だから、耕作放棄地で農業を始めた人のお米はなるべく買って使用しています。今自分たちができることはすべて取り組みたい」

耕作放棄地や電力、農業をする人々のモチベーションのことまで考える──。

土地、農家、さらにはエネルギーまで。そうした一貫した取り組みは、環境やお酒づくりに心から向き合っている井上さんだからこそできることなのではないでしょうか。

すべてに通ずる「チームワーク」

井上さんが取材中におっしゃった、「お酒づくりは、チームワークですから」という言葉が頭に残っています。

「日本酒をつくるためには、洗米や蒸米、麹づくり、もろみ仕込み、調合など、本当にたくさんの工程が必要です。どの工程にも繊細な技術が必要で、どこかが失敗してしまうと取り返しがつかない。それぞれの担当者が、常にこだわりを持って取り組まないと、最後にいいお酒はできません」

そんなチームワークを大切にする井上さんの考えは、酒蔵の中の話だけではなく、日本酒づくりに必要な電力やお米などの原料をはじめ、取り巻く環境すべてを大事にする、といった姿勢にも表れているように思います。

井上さんの言葉には、終始何かを否定するようなニュアンスが含まれていません。自分と異なる何かを否定するのではなく、それぞれの役割を受け入れる──。真のチームワークを大切にする心が、そこには存在していました。

最後に、足柄聖河のお水を飲んでいただくと、「柔らかいですね。とてもおいしい」と一言。その言葉からは、この土地の自然に対する井上さんの愛情を感じます。

ともに、よりよい未来へ向かって進んでいく。

井上さんのお話からは、自分ができることをひとつずつ取り組んでいこう、という勇気をもらえました。

文・あかしゆか 写真・藤原慶

水をめぐった、他のおはなし

  • 小田眞一 大井町町長

    「安心して“いってらっしゃい”と言うために、責任を持っておいしい水を守ります」

  • 山本祥二 田んぼの中の食事処「山本屋」店主

    「おいしい水と料理とともに、人生を歩んできました」

  • 中村美紀 笑顔コーディネーター

    「大事にすれば、大事にされる。お水も人も、同じです」

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